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No.19


特別企画インタビュー
心のフォームこそ競技力を高める 有田英夫氏

有田英夫氏 三五歳
千葉県立佐原高校卒
福島大学卒
千葉県香取郡小見川町立小見川中学校教諭

平成元年、母校の小見川中学校に赴任し、全国駅伝優勝を成し遂げるに到った。常に真正面から生徒と接するのが信条だが、失敗も数え切れない。すべては発展途上。しかし、生徒の活躍は目覚ましく、人間的にも大きく成長している。何が生徒の心に響いたのか、有田流指導をお尋ねした。

心のフォームこそ競技力を高める
不完全燃焼
・「小学生の頃は熱心な先生にも恵まれ、地元のロードレース大会で優勝争いをしていました。ところが、中学では先輩達もいい加減で、部活動として機能していなかった。高校時代も自分の可能性を伸ばせずに終わりました。技術やメンタルの指導も無かった。それが、就職してから三二歳まで自己流にも関わらず、八〇〇mや一五〇〇mで記録が伸びました。若い時にもっと良い練習をやっていれば、と悔やみました。子供達にはそんな思いをさせたくない、可能性をつぶしたくない、と思っています。育てるというより、自分でどんどんやっていく力と、チームでの意識を高めるきっかけを作ってあげたいですね」★ 自己の反省から指導の原点を見い出した。

大学時代はバドミントン部
・「教員になるつもりで大学に入りました。一線では勝負にならないし、ずっと陸上漬けでしたから視野を広げる為にも他のスポーツをと思い、バドミントンを始めました。一試合で五H位は間違い無く走るので、ランニングも意欲的に取り組むようになりました。瞬発力のためのウエイトトレーニングも勉強になりました。前だけの陸上と違って、前後左右の動きの強化ですから、補強の数も豊富でした」★ 客観的に陸上競技をとらえる貴重な体験となっている。

指導者として
・「まずは強い学校との違いを冷静に見つめました。選手の能力が低いのか、高いのに練習が出来ていないのかを見極めるところから始めました。当初は幽霊部員やサボる生徒も多く、彼等は真面目にやられると困るんですよね。だけど、正面からしっかりと向き合えば何とかなると感じました。五、六年前からサボる生徒もいなくなりました」★ スタートはどこも同じ。逃げずに真正面から接する誠意が生徒に伝わった。

こだわりを持つ
・「一言では表現できませんが、いかにやる気を起こさせるかです。具体策は細かい事から山程あります。例えば、階段登りの最後の一段で気を抜いたら、やり直させる。▼▼それはレベルが低いんだよと教える。そこにこだわります。一回注意したら次からは上級生に『そういう事がないように見ててくれ』と任せます。そうすれば生徒同士で注意する。百回のところを九九回で止めても練習量はそれほど変わらない。けれども、精神面には天と地の違いがあると思います。練習ノートもただ書くのではなく、自分で見直した時に価値あるものかどうかを見る。先生がいなくても同じ取り組みができる、それが究極の理想です」★ ランニングフォームが重要なのと同様、心にもフォームがある。それを整えれば競技力も上がる、という理論を確立している。

失敗
・「日々小さな失敗の連続でした。言葉の面でも『重かったら飛べないだろ』と幅跳びの女子選手に言ったら拒食症になってしまったことがあります。今は同じ発言をしても、言っても良い状況か悪い状況かをきちんと見極めています。生徒との感覚のズレで、以前は絶対許せなかったことも、やんわりと注意できるようになりました。妥協ではなく、許せる範囲が広がったのだと思います。怒鳴っても意味がないんです。父兄にも言っていますが、社会にでて役立つ感覚、情報伝達能力を養うのが大切です」★ 無神経な言葉は暴力に匹敵する。経験から知った教訓だ。

ルールの中で取り組む
・「下校時刻を守らない、学級役員をやらない等、生徒が学校の仕事をやらないのを放置して、いくら競技が強くても、魅力がありません。小見川中が自信を持って言えるのは、ルールの中で取り組んでいることです。ただ、学校の練習だけでは不足するので、自主練習をするようには勧めています」★ 専門に留まらず、広く人間教育に携わるのが優れた指導者だ。

自主性を育てるには
・「何も教わっていないところに自主性は育たないと思います。出来る限り知識と理論を与え、時間がかかっても成長を待つことです。表裏のない言動が出来る生徒を作ることを目指しています。指導者と選手という立場は絶対的なものではなく、まして教祖ではありません。男子も女子も、フィールドもトラックも、オールラウンドに活躍するチーム作りが私の理想です。現在は男子に良い流れが来ているだけで、いつかは女子の流れになるかもしれないし・・・」★ 管理=厳しく押さえ込む、この図式はもはや過去の遺物だ。

伸びる秘訣
・「伸びる秘けつは『真似る』ことだ、と有名な方から聞いたことがあります。もう何十年も積み重ねてきて良いものは良い訳ですから、それを真似る。次に聞く。そして学ぶ。私は逆に、自分で学んで、分からない事を聞こうという考えでしたが、今は勉強もしながら、真似して吸収するのがベストだと実感しています。指導者の中には確立したスタイルをあまり崩されない方がいます。練習メニューはほとんど変わらなくても、取り組み方はさまざまです。上位で戦っている先生方はとても細かい所まで気を使っています」★ 高校や実業団でも指導の基本は同じなのではないだろうか。

指導者としての活躍は近年素晴らしい・・・
主な成績
平成一〇より千葉県通信陸上男女総合優勝四連覇
平成一一年全国中学駅伝大会男子の部優勝
平成一二年全国中学駅伝大会男子の部準優勝など


取材を終えて
・「六〇歳を過ぎたらマスターズで世界を目指す、これが夢ですね」御自身の夢が果てしなく広がっていくように、指導に関しても、すべてが勉強、と向上心に溢れる有田先生。学生時代の不完全燃焼に対する反省が今のエネルギーに繋がっている。日々感じたことを事細かにメモし、それを整理してレポートにする。名付けて『心のフォーム』心の成長なくして競技力は上がらない、という理論だ。いつも生徒達と共に成長する姿勢を忘れない。有田流指導法の完成はまだ先にあるようだ。