平尾誠二、フィリップ・トルシエの素晴らしさ
来る十月、イギリスのウェールズでラグビーW杯が開催される。二〇〇二年には、日韓共同主催のサッカーW杯と今、ラグビー、サッカーに注目が集まる。どちらも世界を見据えたチームづくりが着々と進行している。今までとは全く違うタイプのナショナルチームが出来つつある。何といっても監督の影響が大きい。ラグビーの平尾誠二、サッカーのフィリップ・トルシエだ。
長期的な選手育成を考え、内面から変革させてきたプロセスは共通する。平尾監督はまず、ラグビーが好きだ、だから勝ちたい、という方程式を理解させた。外発的な力による使命感では無く、内から発する自主性、あらゆる局面に於ける自由な発想、高いモチベーション。意識下でプレーの流れを創りリズム テンポを体現する。パシフィック・リムでは破竹の連勝と曾て無い成績にその答えは出始めている。トルシエ監督は、自らパフォーマンスする事で選手の意識を鼓舞した。他国のコピーでは無く、日本人にしか持ち得ない揺るぎないプライドを持たせようとしている。世界ユース選手権準優勝という実績は、選手を大きく成長させたに違いない。
二人とも、選手の心技体すべてを変革させる必然を感じ、実践してきたのだ。お寒いのは陸上競技だ。一貫した指導の出来る国際レベルの知将は数少ないか、水面下に居る。個人競技であるが故に、日本代表としての意識が低すぎる。駅伝等にみられる安易で質の低いナショナルチームはそれに拍車をかけている。代表権争いに躍起になり、肝心の大舞台で爆発的な力を出せる選手は少ない。
海外留学で強くなった一部の選手、また、挫折を味わい自らを再構築できた選手だけが確実に結果を出している。目先の試合だけにスポットを当てた「点」にしかならない方法ではなく、段階を踏んだ長いスパンで取り組む「線」の指導を望みたい。選手の心を動かし、潜在能力を引き出せる人物の出現が望まれる。
代表としての誇りが強い方が勝つ
ジャパンラグビー躍進の大きな柱となっているのが外国人選手達だ。主将のマコーミックを筆頭に、元N・Z代表のバショップとジョセフが加わり、強力な布陣となった。彼等のほとんどは国代表として国際舞台で活躍してきた一級品だ。「何故、日本でプレーするのか」・・・誰もが抱く気持である。考え方はこうだ、強くなりたいチームがあり、自分がそこで必要とされるのならば精一杯の働きをしたいのだ。練習時間の長さ、グラウンド環境、初めはあまりの違いに途方に暮れるが、日本のスタイルを理解する方向にすぐに気持ちを切り替える。日本語を勉強し、文化や食生活にも馴染んでいく。最も重要なのはコミュニケーションだ、口を揃えて言う。その為の努力は惜しまない。決して今までのやり方に固執せず、その場で自分は何をすべきかを正しく判断する。まさしくラグビーのプレーと同じだ。常に前向きに、ベストを尽くす姿は日本人選手に刺激を与えた。それが当然の事として浸透してきた時、飛躍的に力が伸びるはずだ。再び第一線でプレー出来る事に彼等は誇りを持ち、感謝する。「代表としての誇りが強い方が勝つ」マコーミック主将は言う。外国人が日本の代表としてのプライドを賭けて闘いに挑んでいる。日本のシステムや方法論にはまだまだ改善の余地はあるが。先ず学ぶべきは、そのスピリットではないだろうか。もはや同志となったチームジャパンの精鋭達の。
NATOは爆撃をやめろ
ピクシー君は間違ってはいない 「試合が終わると頭は祖国の事で一杯」
「僕は試合の九十分間はグランパスのために集中していますが、終わると頭は祖国の事で一杯になってしまいます」NATOの空爆を受けているユーゴスラビア出身のストイコビッチの言葉である。コソボ自治州の民族紛争に対するこの制裁に反対して、ユニフォームの下に着たTシャツに「NATO STOP STRIKES」(NATOは爆撃をやめろ)と書き、観客にアピールしたのだ。彼だけではない。NATO加盟国でプレーする選手達は揃って試合をボイコットした。中にはチームから三百五十万円もの罰金を要求された者もいた。この行動には切実な訴えが込められている。アメリカを中心とするNATOの考え方は、自分達に有利な様に事実を改ざんして報道させている、というのだ。アメリカの歴史よりコソボの歴史の方がはるかに古いのにも関わらず、大国の強さを誇示する為に、第三者が武力干渉をする。力では問題は解決しない。肉親や友人が殺されるのを黙って見ているわけにはいかないのだ。ストイコビッチはJリーグ唯一の、世界的トップ・プレーヤーだが、国情が悪くなれば、たちまちピッチに立つ事すら制限されてしまう。二五歳の時、内戦の国連制裁として国際試合出場を八年間禁止された。そして、昨年のフランスW杯でようやく世界の舞台に復帰したのだ。選手として最も輝ける時期を棒に振ったその絶望感はどんなに辛いものだっただろう。「スポーツは本来政治とは別であるはずだ。僕達スポーツマンだからこそ出来る役割があるはずなのに、その機会さえ取り上げられてしまっている」同じ様な事がオリンピックでも繰り返されてきた。政治絡みのボイコット。国際舞台にやっと立てた南アフリカの長い沈黙もあった。厳しい時にこそ、国民を鼓舞するためにもスポーツの世界は健在でなくてはならない。私達がテレビを見ている間にもユーゴは戦火にさらされている。そして、国外でプレーする選手達は心配に明け暮れる。世界中には過酷とも言える状況下でスポーツに命をかける選手達もいる。国のために絶対勝たなければいけないという悲愴感が、見ていて辛い時もある。出来れば楽しんでプレーして欲しい。しかし、それも許されない程国際情勢が揺らいでいるという事実を忘れてはならない。ユーゴ代表は明らかに経験不足だったW杯以後、来年の欧州選手権に照準を合わせてきた。そして主将として率いるのはこれが最後になるだろう、とストイコビッチは言う。再び出場停止の制裁を受けるかもしれない・・・という不安を抱えながらも。
ボストン三位 有森裕子のテーゼ
自己記録更新二時間 二六分 三九秒
・四月一九日有森裕子が自己記録を更新した。プロ宣言をして以来、未だ旧態依然たるオリンピック委員会、日本陸連から敵視され、プライベートのゴシップ報道など風当たりの強い三年間だった。しかし、決して逃げる事なく、真正面から立ち向かった。リクルートACと契約し、専属のスタッフを雇い「チーム・アリモリ」を組んで練習を行う。人も羨む理想的な環境に見えるが、前例のない方法を打ち立てる程難しい事はない。更に念願だったボランティア団体を設立し、人間の平等を訴える。誰が何と言おうとプロとしての意識は確固たるものだ。もう走れないのではないかと誰もが思ったに違いないが、三二歳で自己記録を更新した強さは、人間的成長なくしては語られない。「ただ者では終わりたくない」彼女の口癖だったと金哲彦リクルート監督は語る。自立精神が強く、結果を出すためにはどんな努力も苦しさも当然のごとく乗り越える、精神力と集中力がある。プロとして世界に目を向ければ、ごく当たり前の事かも知れないが、その立場を構築しながらも、選手育成のシステムの変革、選手や組織の意識改革を、身を持って問題提起している。