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No.11


論走
馬酔木賢者

「豚も叩けば瀬古より速く走る」早稲田の名将、故中村清監督は学生達に、こう説いて聞かせた。叩かれながら走るのは人間のやる行為ではない。スポーツは人の織りなす文化なのだから、自主的である事、人間性を尊重する事が最も大切なのだと、伝えたかったに違いない。私達は人として豊かに生きる為に命を全うする。スポーツはその手段の一つに過ぎない。しかし、人種や国情を越えて多くの人々が感動するのは、そこに科学や芸術をも凌駕する程の無限の可能性があるからだ。身体機能を探究する優れたアスリートには、常に幅広い教養と技術の研鑽が求められる。研ぎ澄まされているからこそ、綺羅星の如く光り輝く。それは見る者の心さえも映し出してくれる。例え殴られて強くなっても、ドーピングで記録を出しても、決して輝きはしない。そして人の記憶からいつしか消え去るだけだ。そう、世界一の努力は世界一の思いやりから生まれる。記憶に残るアスリートは皆、尊敬すべき人格者なのだ。