北大路魯山人は、美食を求めているのは単に口だけではなく、肉体総てが連合していると説きます。食べたい時に食べたいものを適量食べる、自然な食欲を素直に感じとる訓練と、それに忠実に、正直に応える事の必要性を論じているのです。たとえお握り一つでも美味しい時は美味しい。もしも栄養素が偏りすぎたら身体が知らせてくれます。ところが、その司令塔である脳を惑わす事態が発生しています。
一つは、食べ過ぎ。野生動物は有り余るほどの餌など経験する筈もなく、もしそうした環境に置かれると限界まで子孫を増やし続け、結局餌は余りません。現代の人間だけが子孫の誕生をコントロールし、食べたいものをいくらでも食べる事ができます。その結果、肥満になります。常に飢餓そして餓死に怯える野生動物は必要なエネルギーのみ消費し、余剰は脂肪の形で蓄えます。サバイバル・モードです。人間も同じ代謝機能上にありますが、唯一、理性のみがその暴走を止めることができるのです。
もう一つ、脳を騙しているのは嗜好性の高い食品。動物が餌を採る動機は、空腹感の他に「美味しい」という快感の記憶です。よって危険を冒しても餌を求め、生命は維持されます。しかし、この快感を過度に刺激する食べ物、ジャンクフードやグルメ食、香辛料漬けの料理は、栄養素摂取のための食欲を狂わせ、常習性を持ってしまいます。この脳の錯覚も理性以外にブレーキは効きません。この二つの事項に当てはまらず、それでも毎日食べたくなる料理は、身体が本当に要求しているものです。御飯、味噌汁、漬物を中心とした日本食はその代表でしょう。これを基本に据えて、巷に氾濫するヘルシー教に捕われる事なく、その日最も食べたいものを堂々と自由に食べる事が大切です。(則)
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